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法政大学準硬式野球部の橋本選手!
準硬式東京六大学2008秋期リーグ戦でベストナインおめでとうございます!
(OBさん情報ありがとうございます)
2003年秋の関東一さんとの準決勝で満塁?のチャンスに
センターに好捕されたのを打ったのは橋本選手でしたかね?丸山選手でしたっけ?
あれが抜けていたら、選抜もありましたね。
ちょっと古い話ですが、萩谷選手(平成15年卒業)が
横浜商大で規定打席に1打席足らずに首位打者を逃したことを思い出しました。
萩谷選手の代は練習試合も含めかなり見たので甲子園に出場したときの1年生というだけでなく、
非常に印象に残る代でした。
ちょっと昔話(クレームなしでお願いします・笑)。
安田学園さんとの試合は今でもいくつかのシーンが頭によぎります。
(2002年夏 を ご参照ください)
・赤沢投手(報知高校野球で東No.1左腕と紹介されました)が7回に5点目を取られ、
マウンド上で天を仰いだ場面(これで私は敗戦を覚悟しました)
・5−0から4点を7回に奪い5−4でさあこれからというときに8回に2点を奪われ7−4。
8回に1点を返し、7−5。
9回、ドラマが生まれました。ランナー2人をおき、小野選手が打席に立ちました。
小野選手が打席に入る前にガッツポーズをしたのです。
「よくぞ廻してくれた」という感じに見えました。
私にはわからなかったものが、チームの皆には、心で言葉が伝わったのではないかと思います。
大会前、大会に入っても小野選手は明らかに不調でした。
2年秋から不動の4番が前の試合で5番を打つまでに不調でした。
そんな小野選手のガッツポーズ、見ていてもの凄く頼もしく感じました。
(2年生の春くらいにバッターボックスで首をかしげていたやさしそうな小野選手が
不調なはずなのに大きく見えました)
結果は、左中間をライナーで抜く2ベースで、同点に追いつきました。
あの場面、打てなくて、そこで終わっていても充分の試合でした。
・両エースがマウンドを降り、延長では流れが豊山にきて、10回11回は、あと1本でという場面もありました。
豊山中出身(中学都大会優勝)で期待の1年生斉藤選手もチャンスで代打起用される場面もありました。
延長12回、左中間に3ランを浴びました。打球を追ったセンターの萩谷選手が座り込みました。
延長での3点、ここで試合は勝負ありです。
中松投手に代わりサイドの松田投手が2点を奪われ5点差になりました。
(松田投手は横ながら勢いのあるシュート回転のボールを投げる投手でした)
しかし、このチームはあきらめませんでした。
2点を奪い、なおも満塁と粘りましたが、届きませんでした。
この執念というか、最後まであきらめないチームに本当に頭が下がりました。
・この試合に出場していた新井選手(元)・三好選手(現)・福島選手(現)の3人が豊山でコーチを経験しました。
また、今思えば、この代は相川(弟)、矢沢(兄)、福島(兄)と兄弟で豊山という選手がが多かったですね。
・本当は、あと2・3書きたい悔しいことがあるのですが、ここでは書けません(なっ、渉!)。
もう7年前のことですが、萩谷主将を中心とし、個々の能力ではけして強いチームでないが
非常に印象に残る締まった好チームでした。
この代まだまだ書きたいことあるので、時間に余裕ができれば書きたいと思います。
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